こんばんは

疫病蔓延よりもやる気のなさが自分の中だけで蔓延しており撮影に出ない日々が続いていますのでちょっと昔の写真を掘り起こして記事化していきたいと思いま…したが模型ネタがちょくちょく入るので中々スタートしませんでしたが小出しにしていきます。

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2013年11月、東急前線踏破の仕上げとして世田谷線を訪問しました。
三軒茶屋駅から6駅目の宮の坂駅に目的のものがあります。

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宮の坂駅の隣、宮坂区民センターには、かつて世田谷線を含む玉川線で活躍したデハ80(→江ノ電600形)が保存されています。

江ノ電600形は、元々東急玉川線用に1950年より製造されたデハ80形で、28両が誕生しました。1969年の玉川線廃止に伴い一部が世田谷線として残された区間用に残留しましたが、多くは廃車となり一部は1970年に江ノ島電鉄(当時は江ノ島鎌倉観光)に譲渡されました。
江ノ電では2両固定編成化・路面用ステップの撤去・1372mm→1067mm軌間への変更に伴う主電動機換装を経て2連2本4両として竣工しました。後年ヘッドライトが前面上部1灯から下部2灯に改造され印象が変わっています。なお江ノ電特有の連接構造への改造は行われず終始連結構造となっていました。
旧式車両を置き換え江ノ電の近代化の一翼を担いましたが、従来より在籍する連接車とは車両寸法が異なる事もあってそれらとは連結することが出来なかったため、1983年・1990年に2両ずつが1000・2000形への置換により廃車されました。

最後まで残った2両(601-651)のうち、601は故郷世田谷線宮の坂駅に、651は前頭部が江ノ電もなかの販売店に保存されています。

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と言う地元神奈川を走っていた元「玉電」。江ノ電での引退後は故郷に保存されることとなったのですが、東急時代の緑に塗り替えただけで顔は勿論ナンバーや社名表記まで江ノ電時代のままというよくわからない仕様。
なおWikiによると江ノ電に転出したグループはこのカラーを纏ったことは無いとの事。ですが、玉電時代から走る車両は殆どが解体処分されており原型を損ねているとはいえ貴重な生き残りです。

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運転台側は原型を損ねていますが、江ノ電譲渡時に運転台が撤去された妻面側はライトこそないものの最後まで貫通路設置は行われず比較的原型に近いものとなっています。

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案内看板。江ノ電の車両として紹介されています。
比較的新しいように見えますが、大正14年製の木造車を鋼体化した車両です。前面スタイルは図にある通り江ノ電入線後もちょくちょく変化しています。

ブリル76E(東急デハ80系)

台車はボールドウィン製に類似した台車を履きますが詳細は不明です。戦前から戦後にかけて各メーカーによるコピー品が多数製造されたそうで。
なお江ノ電では当初各台車に1基・1編成4基モーターが装備されていましたが後年藤沢駅高架化によるパワー不足のため1編成2基ずつ増設し2両編成で6基モーターと言う変則配置だったようです。

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車内。
乗務員室式は簡易なポールのみ、床は板張りと今ではほとんど見られないものばかりです。なお江ノ電では珍しい3扉車です(他に同じく他社からの譲渡車である800形程度か)。

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運転席は進行方向左側に設置されています。

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マスターコントローラー。

近年きれいに再整備されたとの事なので、そのうち見学に行きたいところです。

オマケ

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玉電を走った車両は殆どがスクラップとなってしまい、現存するのは宮の坂の江ノ電601と宮崎台の「電車とバスの博物館」のデハ204のみとなります。玉電のピカイチだった204もそのうち再訪してみたいですね。

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デハ204風カラーの現役車デハ301。
近年「招き猫電車」も走っているので宮の坂や電車とバスの博物館と共に再訪したいところです。

最後までご覧いただきありがとうございました。