こんばんは

今宵は保存車ネタを一本。

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東京都は都電荒川線、荒川車庫に隣接する「都電おもいで広場」の保存車をお送りしませう。
訪問は2012年10月です。

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まずは5501号。
自動車への対抗から第2次世界大戦に前後して目覚ましい発展を遂げたアメリカの路面電車車両をもとに1953年に登場したのが5500形です。日本では4番目にカルダン駆動を採用した形式で、超多段式制御・防振ゴムを用いた台車・台車まですっぽり覆ったスカートなど防振・防音及び性能向上を狙った当時の新機軸が積極的に採用されています。このタイプの路面電車車両はアメリカで開発を主導した団体からPCCカーと呼ばれます。
PCCカーのライセンスに基づいて5501が製造されましたが、ライセンス使用料が高額だったことや不具合が多発したことも受けて、5501以外はライセンスを使用しない形でアレンジされた上で増備が行われることとなり、最終的には合計7両が製造されるのみで終了しています。
終始1系統(品川⇔上野間)で使用され、特殊構造で両数が少ない故保守に難があった事などから都電全廃を待たずに1系統廃止の1967年に全廃されましたが、純正PCCカーである5501は上野公園で保存され、現在は都電おもいで広場にて保存されています。

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新しい物への挑戦、そして新しすぎるが故の挫折など戦後復興期から高度経済成長期の世の中や考えを感じる事が出来る5501号。旧来のものが瞬く間に消えて行った高度経済成長期に引退しスクラップになってもおかしくなかった車両ですが、幸いにも大切に保存され当時の記憶を伝えていいます。
なおこの5501号はトップナンバーを名乗りますが最初に落成したのは純国産の5502で、製造が遅れていた純正PCCカーである5501にトップナンバーを与えるべく敢えてずらしたというエピソードがあります。

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案内看板。
アメリカで開発を主導した路面電車委員会からPCCカー(Presidents' Conference Committee)と呼ばれます。カルダン駆動・弾性車輪・多段制御の採用による防音・防振・高性能化など5500形で導入されたコンセプトや丸みを帯びたスタイルは後に各地の路面電車に広がっていくこととなります。5502以降や他社局で運用された似たような装備を持つ高性能車もPCCカー(所謂和製PCCカー)と呼ばれましたが、日本における純正なPCCカーは5501の1両のみです。

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集電装置は当時の路面電車では珍しい菱型パンタグラフでしたが、後にビューゲルに換装されることとなります。
屋根の上にはもう1個屋根が載っており、換気用のルーバーが設置されています。

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重量表記と検査表記。近代的なスタイルですがトンが感じであるなど時代を感じさせる部分もあります。
検査表記は42.12と1系統廃止の年月となっています。

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台車は、台車枠を車輪の内側に配置し車輪を露出させたインサイドフレーム式のもので、FS501の名前が与えられています。車輪間にはレール圧着ブレーキを搭載するなど独特の外観となっています。台車もスカートでおおわれており外から見ることは非常に困難です。なお5502以降は先述の通りPCCカーのライセンスを用いなかったことから一般的なアウトサイドフレーム式台車で台車も露出していました。

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車内。ギャラリーとして利用されるため座席は撤去されていますが、特徴的なファンデリアは残されています。
カルダン駆動・インサイドフレーム台車・ファンデリアなどの当時最先端の設備や、あまりに高性能すぎて旧型車と足並みが揃わず保守や運用も煩雑で、数も少なかったため比較的新しいにもかかわらず残存区間に転属することなく旧型車に先んじて全廃されてしまった点としては同時期の東急玉川線200系「ペコちゃんj」とよく似ています。

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5501号の運転席。
本家アメリカのPCCカーと同様の超多段式制御で、制御にペダルを用いるという斬新な方式が採用されました。
一番右がアクセル・中央がブレーキ・一番左(見切れているが)がデッドマンペダルという自動車のような運転方式ですが、あまりに他車と操作が異なる事から敬遠され、5502以降は通用の手操作式のマスコン・ブレーキとなり5501号も後に同様に改造されますが、保存に際しが復元されています。

当時としては、そして現代から見ても奇抜で斬新な装備やスタイルなどから、戦後復興期から高度経済成長期の意気込みと言うものが伝わってきますね。

さてお次は…

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お次は7504号。

1950年代、将来的な都電の全廃に向けて構造を簡素化した8000形を導入していましたが、あまりの簡素化により評判が悪かった事や一部路線の存続の可能性が出てきたため、行きすぎた簡素化を大幅に見直した新車として1962年より20両が製造されたのが7500形です。車体は5500形や7000形を継承した軽快なスタイルですが機器面では釣りかけ駆動・間接費自動制御と、先進的過ぎて使いこなせなかった5500形の反省が活かされています。

荒川線を除く都電全廃後は事故廃車となった2両を除く18両が荒川車庫に集結し、7000形と共にワンマン化改造を受け荒川線の主力として活躍。1984年からは車体更新を伴う都電初の冷房化改造が行われ、車体を新しいものに交換して2011年まで活躍しましたが、ワンマン化されなかった2両と車体更新・冷房化されなかった3両は原形を留めたまま廃車を迎え、そのうち7504号は朝ラッシュ時専用車として運用されましたが2001年に廃車となり、現在は都電おもいで広場にて保存されています。

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この2枚の写真同じ形式であるとはにわかに信じがたいですが、ワンマン化・冷房化と残された都電荒川線が生き残る方法を模索した結果です。都電に限りませんが、このように更新改造からあぶれてしまって最後まで原型を残していたり早々に譲渡されて本家よりも長生きするという例もあって見ていると非常に面白いものです。
見た目は完全に別物ですが、何となくライトの配置や前面に面影が残っています。

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案内看板。晩年はラッシュ時の大塚-町屋間の運用に用いられ「学園号」の愛称を授かりました。
現在7500形の残存車は非ワンマン車が江戸東京たてもの園(7514)・ワンマン改造車が都電おもいで広場(7504)・板橋交通公園(7508)・冷房化・車体更新車が池之端児童遊園(7506)と各タイプがそれぞれ保存されています。

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それまでの路面電車と言えば腰部中央に1灯のスタイルが標準でしたが、7500形では左右に振り分けた2灯(自動車用部品と言う)となりそれまでの都電とはスタイルが大幅に変わりました。それまでヘッドライトがあった位置には行燈式の系統版差しが設置され、晩年は「学園号」の愛称とエンピツマークが表示されていました。
自分が学園生活をしていたころはエンピツでしたが、今はどうなんでしょう。シャープペンが理由もよくわからず禁止されていましたが。

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台車は従来と同様のコイルバネ台車FS80(交通局形式D-23)を履きます。
先述の5500形以降の形式では取り扱いや構造が簡単な釣りかけ駆動が採用され続け、都電におけるカルダン駆動の採用は1990年代に登場する8500形まで実に40年近くにわたって途絶えることとなります。

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集電装置は最後までビューゲルを搭載していました。空気圧反転式に改造されたためシリンダーが追設されています。架線から外れやすいという旧来のトロリーポールの弱点を大幅に改善したビューゲルでしたが、冷房化の進展により電源装置として採用されたインバータ装置がビューゲルの反転時に発生する離線で故障する事もあり一気に廃れていきました。

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車内は5501号とは異なり座席も残っています。都電にまつわる写真などが展示されていました。

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車内には、都内の個人宅に保存されていた6000形6086号が荒川車庫に里帰りする写真が展示されていました。この活動に大きく関わった鉄道研究家・鉄道博物館学芸員で数々の鉄道保存活動に尽力した岸 由一郎氏は6086号が里帰りした僅か1週間後に岩手・宮城内陸地震にて不慮の死を遂げてしまいますが、その遺志は受け継がれ常時ではなくイベント時に公開される秘仏のような位置づけで現在でも大切に保存されています。
一度実物を見て、鉄道保存の意義と真の情熱と言うものを直に感じてみたくも思います。

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運転台。
原型は残っていますがワンマン関連機器が目立ちます。速度計は無く圧力計のメーターのみなので運転にはそれなりの熟練と勘が要りますね。

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間接非自動制御のためマスコンは小型のものとなっています。

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小さい頃は保存車両の運転席に座って「いつか本物を…」と思ったものでしたが、現実はそう甘くなかったですね。夢と期待に満ちた当時を懐かしみながら、人がいないのを見計らって運転席に座ります。

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路線図。フリガナも無ければ多国語も無いシンプルなものです。
荒川一中前が未開業・町屋一丁目(現:町屋駅前)・西尾久七丁目(現:荒川遊園前)・雑司ヶ谷(現:都電雑司ヶ谷)
と停留所の新設や停留所名の変遷が見て取れます。町屋駅前が町屋一丁目時代なので1977年以前のものですかね。

都電華やかなりし頃の雰囲気を感じる事が出来る施設です。
営業日は土日祝日(※年末年始は休業)・10-16時営業です。都電散策と共にぜひ。
詳しくは→https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/toden/kanren/omoide.html

次回も都電の保存車をめぐってみたいと思います。