横浜西部急行の備忘録2(きまぐれ鉄道日記帳N)

徒然なるままに拙い記事を垂れ流すBLOG。PCモード表示推奨。「ご案内」の一読をお願いします。

2018年01月

名古屋遠征2(22)5-2・名鉄電車を撮る!その4(5日目篇)

こんばんは
遠征から早1カ月半…早いですなぁ。

しばらく1/150の話題でしたがここらで1/1スケールの話に移りませう(よーするにネタ切れ)。

さて、楽しかった(?)遠征もいよいよ最終日に。矢田なぁ帰るの。

前回より続き
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3518F+315xF(急行豊川稲荷)
2日目同様一ツ木カーブへ。色々な撮影地調べて行きましたが、もう移動する時間も惜しくていつもの場所へ。クソ天気で中日殆ど撮影できませんでしたからね~…

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3123F(普通東岡崎)
23本製造された3100系のラストナンバー編成です。新製された車両の中では最後の「赤い車両」となります。

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1703F(快特豊橋)
この日は1700系が全編成撮れました。

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1131F(特急岐阜)
東岡崎で撮り損ねた1030でしたが何とか折り返しをゲット。一般車先頭車のパンタグラフと抵抗器が1030系の証です。

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1015F(特急豊橋)

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3511F(急行豊橋)

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3527F(急行吉良吉田)
西尾線直通急行。

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3522F(普通東岡崎)
3500三連発。まぁ4連34本もいれば当たりますわ…

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1011F(特急豊橋)
待ちに待ったパノスパ原色!!!でしたが、ピンボケで撃沈…好きな割に当たりが悪いんですよ猫の形式。模型買うからもう一度撮らせてほしいなぁ。

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5008F(普通東岡崎)
所定ではSR車の運用ですがこの日は5000系が代走でした(性能的には同じ)。5000系は名古屋本線ではあんまり見かけない気もしますがどうなんでしょう。

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2211F(快特豊橋)
長スカートの後期増備車。

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5001F(急行吉良吉田)
5000系は単独で普通列車に使用されるイメージが強いですがこのように4連限定の西尾線急行にも入っている事があるようです。一度乗って元パノスパの音を堪能してみたいものです。

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1701F(特急豊橋)
天気はよかったですが、それでも時々曇ったりと不安定な天気でした。あと風もそこそこありましたね。兎に角寒かったです。

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6036F(普通東岡崎)
瀬戸線に転出してニ度と本線に戻らなかったり、ワンマン線区に封じ込められていたりで名古屋本線ではあまり見る機会の無い6000系ですが時折普通列車で運用されています。此方は開閉式窓の中期車。岡崎グルメキャンペーンの告知サボを装着していました。

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1112F(快特豊橋)

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3309F(急行豊橋)

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6017F(回送)
突如現れた6000系の回送。三河線ワンマン車でした。
開閉式窓の中後期車に次々と廃車が出ているのに対し、固定窓の初期車は全車が健在という珍しい状況となっています。

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3302F(急行吉良吉田)
数本しかいなかった3300系も近年の再増備で11編成にまでに増殖しています。
1本のみ暫定的に瀬戸線に配置されているようなのでいつか機会があったら見に行ってみたいものです。

次回に続く…

名古屋遠征2(21)5-1・名鉄電車を撮る!その3(5日目篇)

こんばんは
遠征から早1カ月半…早いですなぁ。

しばらく1/150の話題でしたがここらで1/1スケールの話に移りませう(よーするにネタ切れ)。

さて、楽しかった(?)遠征もいよいよ最終日に。矢田なぁ帰るの。

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前日同様、金山9時頃発の特急で東へ。またパノスパリニューアル車でした。増えましたねぇ。
未更新時代にあったスピードメーターは申し訳程度に駅用表示の片隅に残っていました。
残してくれた事には感謝ですが、やはり電車がせり出して来て走ってる感のある昔の表示が自分は好きですなぁ…

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東岡崎で下車。
1200+1800の組み合わせでした。

この日は天気が回復の兆しを見せたので撮影重視に切り替え。
2日目の冒頭同様の場所へトコトコ歩いて行きます。
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撮影場所には乙川が流れていますが、その対岸には徳川家康生誕の地・岡崎城があります。
先日訪問した犬山城と異なり、天守は廃城令により破却されており鉄筋コンクリート製の復元天守ですが、結構遺構も残っているようなのでいつか歴史散歩する機会があれば訪問してみたいものです。桜の名所でもあるようなので春がいいかもしれないですね。

さて、撮影スタート…
2.3.4日目がクソ天気で撮れなかった分ビシバシ撮って行きませう。
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3519F(普通東岡崎)

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2204F(特急豊橋)
2200の新デザインは好きですが、旧デザインの巨大な号車表示がなぁ好きだった。

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3111F(急行豊川稲荷)

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6413F(普通東岡崎)

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1111F+1802F(快特豊橋)
オールリニューアル編成。

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1111F+1802F(快特豊橋)
1800も着々とリニューアル施工中です。ですがなぜ行先表示が幕式のままなのか永遠の謎であります(関東と基準を一緒にしてはいけないのかもしれないが)。

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3501F+315xF(急行豊橋)
登場から25年が経過した3500系もリニューアルを受ける編成が出ています。
見た目は変わらないものの、制御装置のIGBT化・フルカラーLED表示への変更やLCD旅客案内装置の設置などが行われている模様。見た目が大きく変わって機器は変更の無い1200系とは対照的に見た目は殆ど変わらないものの機器が更新されているのだからまた面白いです。

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5304F(普通東岡崎)
そして主目的のSR車!
ちなみに金山を自分が載った特急よりも前に出ていますが、途中で追い抜いて悠々と沿線で撮る事が出来ます。優等列車主体で普通列車は頻繁に対比をするのはやはり京急に似ています。
名古屋本線に於いては、比較的混雑する優等列車にはあまり使われずに普通列車中心に使用されているようです。何か勿体ない気もしますがやはり2扉構造故混雑する名古屋駅などでは捌き切れないのでしょう。

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1011F(たぶん特急豊橋)
そしてもう一つの目的!
徐々に減りつつあるパノスパ原色を捕捉しました。後ろに増結車が付いてないので電柱で切る事も無く6両綺麗におさめられました。やはりパノラマスーパーと言ったらこの色なんだよなぁ…

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3502F
後ろにくっついてる3100系とは車体断面が異なるので凸凹が際立ちます。

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6401F
6500系トップナンバー。コレに淘汰される前は様々な形態のHL車やAL車やらが沢山走っていたのですなぁ…一度でいいから撮ってみたかった。

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1704F(快特豊橋)
ブラックフェイスの旧デザインもいいですが、1700に関してはやはりこの1600系時代を髣髴とさせる新デザインですね。欲を言っちゃえば前面にパノラマスーパーのヘッドマークを…(贅沢)

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3304F+31xxF(急行豊橋)
3300の初期車に装備するオーロラビジョン行先表示は見づらいのが難点ですがLEDみたく撮っても切れないので撮る方からしたら結構あり難いです。

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6814F(普通東岡崎)
2連普通。これで名古屋に乗り入れちゃうのですからやはりすごい。

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2202F(特急豊橋)

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6404F(急行豊川稲荷)
6000系グループによる優等は名古屋本線に於いては比較的少数派の様です(西尾線直通を除いて)。

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3533F(普通東岡崎)
名鉄3500系の、間延びした感じの東葉GTOの加速音好きなんですよね…

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1702F(快特豊橋)
前パンカッコいいですね~

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3705F(急行豊橋)
3500系とは似て非なる3700系。車体断面が大きく異なりまたシングルアームパンタ装備なので比較的見分けるのは容易です。
この形式登場の僅か1年ほど前までは、旧型車を車体更新した3700系(2代目)と言う形式が存在し、終戦直後には国鉄63系を割り当てられた3700系(初代)という形式が存在したので現在走っている3700系は3代目となります。名鉄では結構形式の使い回しが多いですね。

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3105F(普通東岡崎)
また2連普通。今度は3100系でした。

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1701F(特急豊橋)
またまた1700系。何かよく来ましたね~この時は。

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3109F+370xF(急行豊川稲荷)
3100+3700系の車体断面&塗装の統一された編成が来ました。この形態は3700系の本数が少ないため結構貴重ですね。

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3110F(普通東岡崎)
フライング幕回し

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1112F(快特豊橋)

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3311F(急行豊橋)
2017年に増備されたばかりの新車です。

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6819F(普通東岡崎)

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2210F(特急豊橋)
近年の増備車はスカートが下方に拡大されています。

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3525F(急行豊川稲荷)
コレにて撮影終了。

しかしこの後、撮りたかった1131Fと5000系が駅へ戻る途中立て続けに豊橋方面へと走って行き思わずズッコケて歩道橋から落ちそうになったのでした。ちゃんちゃん♪


さて、撮影はまだまだ続きます。
遠征最終日なのでビシバシ撮って行きますぞ~…

鉄道コレクション 相模鉄道5000系4両セットを徹底?解剖

こんばんは
暫くは遠征記事などをダラダラと書いていましたが、タイムリーな記事を一本投下して行こうと思います。

発売予告から短いようで長かった約4カ月。遂に自分の手元に…
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鉄コレ・相鉄5000系4両セット。
一般流通品の装丁のパッケージにおさめられて我が家へ。
2008年に事業者限定で発売されましたがほぼほぼ瞬殺。それから10年の時を経て一般流通品として蘇りました。

関連記事↓

実車についてはコチラ


と言う訳で毎度恒例の、レビュー的な物を書いて行きます。

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箱の裏。実車紹介と取説が記載されています。余白が目立ちますね。
写真ではなくイラストです。この点はやはり事業者限定品に軍配ですね。

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箱から出してみませう。
中身は車両以外には、展示レール・シール・あと台車枠が封入されています。
アンテナの類は付属しません。

レールに並べてみました。
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おぉ…素晴らしい。
走った時代が古すぎて人気はいま一つのようですが、颯爽と現れて大変革をもたらした後あっという間に消えて行った事、そして現代の相鉄の車両とは全然異なる見た目がやはり伝説の車両という雰囲気を醸し出していて自分は好きです。

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今回製品化されたのは、車体長が18mに延長され台車が空気ばね台車化された先頭車5011から5016のうち5013.5014と、最終増備の中間車5017-5020のうち5017.5018の4両編成です。とくに中間車は初製品化なので注目ですね。

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顔。
特徴的な湘南マスクが再現されています。モノコックボディと相俟ってふくよかな感じを醸し出しています。青緑・赤帯・白味の強いグレーの複雑且つ派手な塗装で、同時期に登場した東急5000系青ガエルや名鉄5000系とは湘南マスクやモノコックボディは共通ながらもそれらとは一味違う雰囲気です。

1両ずつ解説して行きませう。
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モハ5013
海老名寄り制御電動車。主制御器・主抵抗器パンタグラフを装備※運行当時、いずみ野線は未開業

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モハ5018
モハ5013とユニットを汲む中間電動車。CP・MGを搭載。
1960年に製造された中間電動車。窓割は前後で非対称なのが特徴で、後継の6000系でも見られました。

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モハ5017
中間電動車。主制御器・主抵抗器パンタグラフを装備。
先頭車の続番なので現在の形式のように先頭車と中間車のナンバーは規則性がありません。

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モハ5014
モハ5017とユニットを汲む横浜寄り制御電動車。CP・MGを搭載。
5000系は、現行形式(除10000系)とはユニットの向きが逆なのが特徴です。

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ダミーパンタは、先頭車がPS13タイプを、中間車がPS16タイプを装備。
相鉄はパンタグラフを使い回す事が多々あるようなので先頭車がPS16でも違和感は無いようです。

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付属のシール
「オカイモノ急行」のHM・急行サボ2種類・準急サボが収録されています。
行先は横浜・海老名・大和・星川・本厚木・回・試 で、英語併記有り・英語併記無し・紺色地白文字の3種類が収録されています。事業者限定品からナンバー部分を省いた内容ですね。


さて、次からは事業者限定品との比較を行ってみませう。
基本的に並べて左にある物が事業者限定品・右がリニューアル品です。事業者限定品はカスタマイズ済なので製品状態とは多少相違があります。
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前面。
中間車の新規製作と並ぶもう一つのリニューアル部、灯火類のクリアレンズ化が行われています。これだけでもかなり表情が違って見えるものです。
細かいところとして、ライト周りの塗装表現が若干異なる事、前面ガラスの銀枠表現がハッキリしたものになっているのと、前面行先サボは「横浜」が印刷済みになっている点です。

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全体的な印象。
リニューアル品ではドアレールと靴摺りに銀が挿されています。
事業者限定品は若干色が濃く、リニューアル品は色が薄めな感じです。事業者限定品にリニューアル品の中間車を混結とかすると少し目立ってきそうです。

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屋根は特段別パーツ化などはされず流用されているようです。

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内装パーツは色が濃くなりました。

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床下パーツ。
動力ユニットの凸を逃がす穴が拡大されています。事業者限定品(上)では穴の面積が狭く、ボディマウントTNカプラー対応のTM-08Rを装着する事が出来ませんでしたがこれで万事解決。限定品の方もリニューアル品の床下パーツに替えて全車TN化しませう…

と、いいたいところですが
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左:事業者限定ボディ+リニューアル床下
右:リニューアルボディ+事業者限定床下
先述のとおり事業者限定品とリニューアル品とでは色味が若干異なり、それは床下パーツも同様。組み替えるとこの通り色味の差が少々目立ちます。これを許容するかしないかは各自にてm(__)m 自分は目立ちにくい中間車とトレードして対処しようかなぁと。

あとやはり各車塗装の乱れとかが若干気になりますね~…値段も着々と上がってしまっているのでその辺りもう少しちゃんとして頂きたいところですがやはり難しいのですかね~…


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今回は当初の予定通り、2編成8両を導入しました。
片方は5013-5018-5017-5014として落成しますが、もう一方は5015-5020-5019-5016とします。ナンバーの印刷を上手い事消す方法を調べておかねば…
そうすると、5005~5020までの5000系18m車体グループはコンプリート。

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入線を聴きつけてゾロゾロと出てきて勝手に線路を敷いて記念撮影会状態。
いやぁ壮観ですなぁ…また見た事も無いのばかり増えたった。

こんなに両数ありますが少しずつ差異を作ってやっているので飽きませんよ…
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さて、待ちに待った相鉄5000系でした。
鉄コレのホムペの商品紹介ページに「今後の商品展開も是非ご期待ください」と書かれているので大いに期待したいところですね~。
17メートル車体の5000系初期車・車体更新後の5100系・機器更新で再び元の形式に戻った
5000系VVVF車…相鉄にはまだまだ製品化ネタが沢山転がっているので今後も楽しみにして行きたいところです。

100周年の節目に現れた期待の新車20000系も少々遅れて2月11日にデビュー予定です。
9年前、5000系(2代目)が引退した日です。久々の自社開発車両が初の自社開発車両の歴史を繋ぐようにも見えますね。その前日の2月10日には20000系の展示会も開催されるとの事なので、今後ますます相鉄がアツくなりそうですね~…

拙いレポートでありましたが最後までご覧いただきありがとうございました。
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整備記事は後々纏める予定です。

あと遠征記事はちゃんと完結させますのでそちらもよしなに…

京阪電鉄大津線80型(連結車・冷房改造)を徹底?解剖

こんばんは

最近1/1スケールの記事が続いているので1/150の話題を少々。遠征記事は次回以降寄り再開予定です。全部書くので御心配なく。

年始のぽちフェスで結構散財してしまったにもかかわらず…
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先日発売されたばかりの、鉄道コレクション 京阪電鉄大津線80型(連結車・冷房改造)です。

京阪京津線(三条~浜大津)の各駅停車に使用されていた旧型車置換えのため1961年より製造された路面電車規格の電車です。ツリカケ駆動車ながらも、空気ばね台車や回生制動など当時の最新技術を採用し、駅間距離の短い各停運用や京津線内に存在する急勾配区間に対応した極めて高い性能を持ちます。
16両が製造され、基本は2両で単行での運用も可能でしたが後年2慮固定化・同時期にトロリーポールからパンタグラフへの換装も実施されています。
さらに1989年より冷房化改造を実施。1997年の京都市営地下鉄溶剤線との直通開始による
1500V昇圧及び京津線一部廃止により全車用途を喪失し退役。一部は保存されています。

今まで名鉄だらけだった中でいきなり出てきた京阪(のしかも濃淡グリーンのツートンじゃないやつ)、コレも勿論実物は見たことはありませんが、動画で見たツリカケモーター音の響きがとても美しく聞こえたので一気に惚れ込みましたね。

最初は限定発売で、対応する動力ユニットもありませんでしたが最近非冷房仕様が発売。そして今回冷房改造仕様が発売となりました。最晩年の姿となります。

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中身。いつもどおりです。


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外観。
非常にモダンなスタイルです。
他の京阪電車には無い、濃いクリーム色?と淡いグリーンのツートンカラーが特徴です。各停専用車だったため当時運行されていた準急と区別させるための塗装だそうで。

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顔は路面電車規格であるため非常に細長い雰囲気です。上部の2灯ライトが目を引きます。
運転台は中央配置で、運転台部分の窓はHゴム固定の小窓となっています、トロリーポール時代この部分は左右の窓と同じ高さだったので印象が異なっていたとか。
下部には排障器とマーカーランプを搭載します。

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三条向き先頭車。

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浜大津向き先頭車
元々単行で走れる構造なのでパンタの向き以外はほぼ共通となります。

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冷房化改造は最晩年に実施。
天井が低くダクトが設置出来なかったため、屋根全体がかさ上げされています。
冷房改造時頭を悩ませる事の一つとなる冷房用の電源装置は、静止型インバータを屋根上に新設することで解決しています。

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足回り。
構造は他の路面電車等と同様です。

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連結部分。
運転席があった名残で丸妻となっています。模型ではドローバー接続となっていますが結構連結間隔が開いてしまっていますね…も少し狭めようと検討中です。

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付属のシール。ナンバーは印刷済ですが行先表示はシール式です。
内容は(⇔は便宜的に付けた)
三条⇔四宮
三条⇔浜大津
四宮⇔浜大津
準急三条
準急浜大津
ですが、実物はほぼ三条⇔四宮間の各駅停車専任だったためそれ以外の表示を出すことはまれだったのであろうと思われます。時折イレギュラー運用で準急にも入っていたようですが。

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今回は同時に動力ユニットも購入。値が張るなぁ…(小声)
限定品として発売された当初は対応動力が無く、従来の路面電車用動力ユニットを改造するためのサードパーティー製品もあったようです。

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中身。
動力は1両分のみで、もう1両はトレーラー車となります。

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曲線区間を走る80型

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併用軌道区間を行く80型
このどっしりとした雰囲気がまたいいですね~。毎度のことながら一度走っている所を見てみたかったものです。

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我が家の貴重な京阪仲間、600形「けいおん!」ラッピング車と並ばせました。
ラッピング車は、京津線一部区間廃止から遥か後の登場なのでこの並びも模型ならでは。
ですが、一般塗装を纏った600形とは日常的に並んでいたんですね~…

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車両の規格はこんなにも違います。
80形は当時京津線内に存在した低床ホームに対応するため低床構造・自動ステップ装備ですが600形などは京津線内に於いて、それらの駅は全部通過する準急運用に終始したため高床構造・ステップなしとなっています。

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お次は700形「けいおん!」ラッピングⅡ編成との並び。これも模型ならではですね。
そのうち一般塗装の600/700形も入れてみたいとか思っていたり思ってなかったり(フラグ)。

京阪沼はかなり深いようですが、今のところ気になる車両だけでとどめてあるのでまぁ暫くは暴発する事はありませんな…

整備・試運転はまたそのうちにでも。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

名古屋遠征2(20)4-5・特別車の旅

こんばんは
遠征から早1カ月…早いですなぁ。

前回より続き。
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モ782
渥美線の後は、もう一度乗りたくなった元都電を求めて再び市内線へ。

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左右のバンパー間にある黒い物の使い道がイマイチわかりませんでしたが、なるほどこうやって使うのか…

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モ784
モ3500が来るまでしばし撮影を

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モ785

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しかし来たのはコレ。ワタシハダレデショオ?
コレもまだ乗った事が無かったので乗って行く事に。

さて、ここで本務機・補助機(要するにカメラだ)両方のバッテリー切れと言う前代未聞の事態に。前日充電忘れてたんですねアホじゃアホじゃ。
なので応急的に携帯のカメラを併用することに

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競輪場前の車庫で、モ3500が出発準備をしていたので列車を降り待ってみる事に。

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出庫するモ3504

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先発列車の続行だったため途中まで貸し切り状態でした。
ツリカケモーターの音が渋くていいですなぁ…

さて、名古屋方面へ戻る事としませう。
豊橋はまた行きます。晴れた日に。

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東岡崎まで急行で行きましたが、途中で1030系パノラマスーパーとすれ違ったので東岡崎で待ち構えていました。パノラマカー7500系からの機器流用車です。

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製造は1992年製。
一部特別車特急の増発用に4本を登場しましたが、事故で1本を失い近年は2200系の増備で次々と廃車され残りは僅か1本のみに。パノラマカーの血を受け継いだ車両も近年徐々に数を減らしてしまっています。

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車内はオール転換クロスシートです。
パノラマスーパーはリニューアルが進んでいるので、このような落ち着いた雰囲気の内装もまもなく見納めに。

さて、調子に乗って東岡崎から岐阜まで乗ってしまいましたが…

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何と何と、ミューチケット(¥360)を奮発して、初の名鉄特別車を堪能します。
ですが夜なのと音録を優先したため展望席ではなく平屋部分へ。券売機で展望席も選択できる事を知りました。そのうち乗ってみます。

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乗車車両は2両目です。

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車内はリクライニングシートが並びます。

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出発!重厚なモーター音が車内に響きます。
岐阜市内はカーブが連続するので比較的ゆっくり走りますが、笠松を過ぎると本領発揮でガンガン加速。闇夜を切り裂いて走ります。
車内は岐阜を出た時点では比較的すいていますが、名古屋からはかなり混雑しました。結構重要があるみたいですね。

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デッキのマットには「パノラマSuper」のロゴが。
リニューアルで前面愛称表示からも消えてしまうので今後貴重になりますね。

一部区間ではデッキに出て録音していました(ミューチケットの無駄遣いとか言わないで)。
やはり1000系とは異なる重厚なモーター音はよきかな。

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そして約1時間で東岡崎。これ以上先に行くと遅くなってしまうので泣く泣く下車し見送ります。やはり前頭部のデザインはいつ見てもよいですねぇ…コレが無くなってしまうのはちと寂しい。

この後は、やって来た急行で名古屋へ戻り…
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翌日夜にはもう名古屋を発ってしまっているので、名古屋での「最後の晩餐」を。
2016年の時の「最後の晩餐」もここでした。名鉄百貨店の「矢場とん」です。

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わらじとんかつ定食を賞味。
味噌だれとソースと両方いただけました。ごちそうさまです!

2016年の時は此処から更に地下鉄に乗って夜更かしするというパターンでしたが、今回はのんびり過ごすと言うコンセプトの下まっすぐ宿泊地へ戻り、疲れた体を休めました。


早い物で遠征も後1日。今までスッキリ晴れていませんが果たして最終日は晴れるのでしょうか…

次回に続く…次回より5日目・最終日篇です。

名古屋遠征2(19)4-4・Diamond cut!

こんばんは
遠征から早1カ月…早いですなぁ。

前回の続きです。前回記事は眠気のせいで1本に纏める所を記事2本にしてしまったのですorz

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1803F「つつじ」号
1960年代の設計・製造ですが前面窓廻りにグレーの装飾を施されているので幾分新しい車両に見えます。先頭のモ1803は元東急デハ7201です。

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種車の東急7200系は中間車よりも先頭車の方が圧倒的に数が多いため、一部編成は中間車代用の先頭車を組み込んでいます。中間先頭車には上記のような装飾はされておらず東急時代の雰囲気を残しているのが特徴です。

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台車など足回りに関しては東急時代と基本的に変更なく、M車はTS-802・T車はTS-815Tを装備します。

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降り立ったのは三河田原駅より4駅戻った杉山駅。此処と一つ豊橋方面の老津館には有名撮影地があるので訪れてみたかったのですがご覧のとおりの悪天候で断念。駅近隣で撮る事に。

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駅は相対式2面2線で、駅舎は無く待合室のみがそれぞれのホームにあります。
駅近くには小さな商店がありました。

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杉山駅で交換する赤青編成。

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1801F「ばら」
3両中2両は、登場後間もなくして起こった車庫火災で被災したため部品取り車を整備した2代目となっています。

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1806F「しでこぶし」
若草色を纏う編成。各編成のモチーフとなる花は全て渥美線沿線にゆかりのある物となっています。詳しくは豊鉄ホームページへ。

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1803F「つつじ」
風が吹き荒れる天気なので遂に寒さに音を上げ、やってきた上り電車に避難。

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中間車代用先頭車は1801-1803Fの3本にありますが、中間運転台は既に撤去されています。
メーターの穴だけが残った不思議な光景です。尚東急7600系みたく元運転台部分の客室化はされておらずデットスペースとなってしまっています。

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車内。
前回の菜の花号とは異なり、モケットはオレンジ系で吊り革は通常の丸形の物となっています。これがノーマル形態の様ですね。

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妻面と撤去運転台の連結部分。
貫通路の幅が異なるので妻面側の通路を狭めています。

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15分位で高師駅到着。
コンクリート2階建ての駅舎を持つ有人駅です。

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駅は島式ホーム1面ですが、かつて貨物輸送を行っていた事や車両基地があるため引きこみ線や留置線が多数あり地鉄ファンを惹きつけます。

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駅の資金には車庫・工場があります。
現在は東急の車両のみで占められていますが、かつては名鉄を始め、各社から譲渡された旧式車両がたむろしていた事でしょう。相鉄の流線型ディーゼルカーも譲渡され走っていたとの事で、少し親近感が湧きましたね。

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ホームはかなり狭いです。
駅舎(右)から伸びる通路はホーム中央部に接続しておりそこから出入りします。
交換可能ですがこの駅で交換する列車は殆ど無いとの事。まれに車両交換で並ぶ事はあるようです。

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1808F「椿」
構内には運用に入らない車両が留置されています。

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最初に乗って来た1807F「菜の花」が下りとなって戻って来ました。

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側面に行先表示がある車両も存在しますが、現在は塞がれ使用されていない模様です。

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そして三河田原から折り返してきた1801Fで新豊橋へ帰還。

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渥美線の車両は、千の位と百の位で車両の長さを表しています(時折例外あり)。
東急7200系は18メートル車体なので18xx系となるわけです。モーターの無い車両は千の位に1を足して2xxxとなります。

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新豊橋駅で並ぶ1800系。
東急の線路上からは既に消滅し、上田に移籍したグループもいよいよ今年引退を迎えるとの事で、今後徐々に貴重な存在となるであろう豊鉄の元東急車。製造から50年、豊鉄譲渡から間もなく20年となろうとしているので、そろそろ新車が入ったりするかもしれませんね。
名古屋訪問の際はぜひ豊橋まで。

さて、4日目記事がそろそろ終ろうとしていますがあと1本だけあります。
次回に続きます。

名古屋遠征2(18)4-3・なつかしき関東の雰囲気

こんばんは
遠征から早1カ月…早いですなぁ。

前回の続きです。ひゃぁもう4日目だ…
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豊橋に戻り、駅前で昼食を食べた後は次なる目的地へ。
JR・名鉄豊橋駅に隣接して豊橋鉄道線の新豊橋駅があります。

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新豊橋駅は島式ホーム1面2線構造です。前の遠征でもちらっと見ましたね。
ここから、豊橋鉄道渥美線新豊橋~三河田原間の制覇をスタート!

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豊橋鉄道渥美線の車両は全て、元東急7200系で運転されます。今までひたすら中部~関西圏の雰囲気が強い車両に乗っていましたがここに来て久々に地元関東の雰囲気を持つ車両(と言うか関東で走っていた車両)と触れ合うことに(元都電を忘れてるとか言わないで)。

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東急7200系改め豊鉄1800系は、2000年より導入された車両です。
1997年の1500V昇圧時に名鉄から譲渡された7300系が性能の問題で使い物にならず、その代替として3連10本が譲渡されました。
登場時はステンレス地に赤帯でしたが、現在は編成毎に異なる花をモチーフにしたラッピング車「渥美線カラフルトレイン」として運行されています。
上記の1807編成は「菜の花」、写真の1804編成は「ひまわり」の愛称が付けられています。

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側面のデザイン。
近年編成毎に色分けされてカラフルになる鉄道は結構ありますが、此処まで本腰を入れている所はそう無いですね~・・・

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車内のプレート。
昭和42年東急車両製と御歳50歳(訪問当時)の大ベテランですが(置き換えた7300系よりも製造は古い)あまり古さを感じさせないところがステンレスカーのいいところ。
製造プレートの横にはバッド社との提携プレートが存在。エイゴナンテチンプンカンプンジャイッ

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車内。3両の間に貫通扉は無く非常に開放的です。
乗車したのは「菜の花」編成なので座席モケットが菜の花色・柄になっていますが、袖仕切りの無い座席や扇風機など登場時の雰囲気を色濃く残しています。

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首都圏では「黄色い吊り革の場所は優先席」と言われますが、この編成は全部黄色い吊り革です。

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先頭車車内。
優先席のモケットが何か昔の東急みたいですがひょっとしてそのまま使っているのですかね…?

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路線案内図
三河田原より先、伊良湖岬方面へのアクセスも記載されています。

さて、渥美線18.0kmの旅へ出発!!!
列車ははじめ市街地を走り、築堤やトンネルで道路を越えながらしだいに郊外へ出て行きます。高師を過ぎてしばらくすると列車は田園地帯に。天気はご覧の通り予報大外れのクソ曇りですが晴れていればさぞ気持ちが良かったであろう…

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そして約30分で終着三河田原駅へ。愛知県最南端の駅です。
伊良湖岬方面へはまだ距離があるため連絡バスが出ています。かつては伊良湖方面へ延伸する予定でしたが現在では立ち消えになっています。以前は和風の駅舎があったようでしたが近年改修が行われたらしく真新しい駅舎になっていました。

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ホームは頭端式2面4線ですが、駅舎から見て左の1面は殆ど使われる事は無いらしく上屋が設置されていません。かつてはたん式ホームと島式ホームが1面ずつの構造で構内踏切があったとの事。

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改札と発車標。
列車は15分間隔、時間4本運転されます。普通以外の種別はありませんが発車標には種別までちゃんと表記されています。

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折り返しの菜の花編成に揺られて途中駅で下車。
天気が回復しないどころか風までかなり強く吹いてきたなぁ…どうしよ。

次回に続く。

名古屋遠征2(17)4-2・路面電車を撮ろう!

こんばんは
遠征から早1カ月…早いですなぁ。

前回より続き
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モ784
再び井原の急カーブへ。日通のラッピング車が赤岩口へと向かいます。
日中は赤岩口系統と運動公園前系統がそれぞれ14分間隔で運転され、両者が合わさる駅前~井原間は7分間隔での運転となります。

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モ782
急カーブを曲がる元名鉄車。

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モ785
最初に乗った三河ダイハツのラッピング車。半径11メートルのカーブではかなり車体がはみ出します。狭いロータリーを転回するバスのようでもあります。

さて、豊橋方面へ戻る事としませう。
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途中の競輪場前電停には小さな車両留置スペースがあり、ラッシュ時に備えて待機します。
元都電組の2両が昼寝中。

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モ782
豊橋中心街・新川電停の近くの交差点で張り込みスタート。交差点を曲がって行く列車が撮れますが自動車と被らないか毎度ビクビクするのがアレです。まぁ少しはスリルがありませんと。

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モ785
名鉄時代は自動連結器を備え連結運転も実施されていましたが豊鉄では不要となるので撤去されています。路面もありディーゼルカーもありの2000年代初頭の名鉄が一番おもしろかったかもしれませんね~…

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モ784
かつて同時期に名鉄で活躍した揖斐線のモ770や美濃町線のモ880などの連接車は福井鉄道に譲渡され活躍中なので、そちらもいつか訪問してみたいところ。昔行ったのですが乗る事重視で殆ど撮れませんでした故。

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モ3203
これも名鉄からの移籍組。岐阜市内線や美濃町線などで活躍したモ580です。1955年から56年製で、1976年から1980年にかけて豊鉄に譲渡されています。写真のモ3203は現在唯一の「ストロークリーム+赤帯」という旧豊鉄標準カラー(そして70年代の名鉄クロスシート車の塗装)を纏う車両で、夏期は「ビール電車」・冬季は「おでんしゃ」などのイベント列車に使用されます。撮影時も「おでんしゃ」に使われていました。

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T1001号
2008年に登場した豊橋鉄道初の完全低床車で、83年ぶりの自社発注車であるT1000形「ほっトラム」。他社でも追随して同型車導入が進むなど日本の路面電車業界に少なからず影響を与えた存在です。1編成しか存在しないため特定日は運休となります。

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モ3502
元都電7000形です。
譲渡に当たり
・ステップの新設
・前部ドアの折戸化
・後部ドアの移設(ステップが井原の急カーブで台車に干渉するため)
・冷房化改造(初期導入の2両のみ)
・軌間変更(1372mm→1067mm)。台車は変更なし
・集電装置のZパンタグラフ化
などの大規模な改造が施工されていますが、前面など基本的なスタイルは都電時代のままとなっています。都電7000形が昨年全廃になってからは、全盛期の都電を知る唯一の現役車両(足回りのみだが)になりますね。

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台車は都電時代同様のD20Aを装備。
ツリカケモーター音を響かせながら走ります。

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とここで、都電の姿と比較。
中ドアが窓一個分前ドア側に移設されているのが判ります。あと冷房装置も異なりますね。
ステップがあるかないかで結構印象も違って見えるものです。

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モ3503
此方は都電時代に冷房改造が行われた後期導入車。上記のモ3502とは冷房装置が異なるのがわかります。
都電7000形は昨年全廃されましたが、一部が豊橋鉄道に再譲渡されないかな~…とふと思った事もありましたがされない模様。やはり元が古すぎる故ですかね。

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モ3201
先程の「おでんしゃ」と同じ形式。トップナンバーの3201は「ブラックサンダー」のラッピングがされています。前面の黄色い稲妻模様から何となく電鉄っぽさを感じます。

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モ783
横浜ゴムのラッピング車。豊橋近郊の新城に工場を構えている縁でラッピングがされているのでしょうか。
ちなみにこの場所、かつて柳生橋方面への支線が分岐していた個所です。

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モ3201
先程のブラックサンダーは実は自動車に被られていて良カットに失敗していたので再履修。
丸みを帯びた前面・ヘソライトという「路面電車と言えばコレ!」という車両もだいぶ少なくなりました。製造から既に60年を超えているこの系列ですがいつまで活躍するのでしょうか…

市内電車は一先ず終了し、次なる目的地へ…

次回に続く…

名古屋遠征2(16)4-1・路面電車に乗ろう!

こんばんは
遠征から早1カ月…早いですなぁ。

さて本日からは遠征4日目の記事と行きませう。前回より続き
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金山朝9時の特急で発ち、一路豊橋へ。
原型車希望でしたが来たのはリニューアル車…やはり以前来た時に比べて減っているなぁ…
あ、乗って来たのは一般車の方です。一般車でも転クロなので中々特別車に乗らないのですよね~…

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リニューアルを機に、今まで1000系(特別車部分)と1200系(一般車部分)の混成だったのを、編成全体を1200系と呼称するように改めているとの事で、将来的に1000系と言う呼称は消滅する事に。

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今まで何度が姿を見ながらも本格的に攻略していなかった豊橋鉄道を、今回巡ってみる事に。先ずは駅前の路面電車乗り場へ。

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豊橋鉄道東田(あずまだ)本線、駅前電停です。
豊橋駅前とかではなく「駅前」なのが特徴。ペデストリアンデッキ下に設置され、豊橋駅からのアクセスも容易です。

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電停には券売機も設置されており、一日乗車券などは此処で購入できます。

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ホームに停車する路面電車。元名鉄岐阜市内線・揖斐線の車両です。
ホームは2面1線のコの字形で、駅側が降車用・反対側が乗車用ホームとなっています。

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特徴的なローマン書体のナンバー。紛うことなき元名鉄車両です。

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製造は1998年製造。製造から10年と経たぬうちに主な活躍線区だった名鉄岐阜市内線・揖斐線は全廃されてしまいましたが、丁度旧型車の置き換えをしていた豊橋鉄道が目を付け、7両全車が豊橋鉄道に移籍しました。

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パノラマスーパーの流れを汲む丸みを帯びた窓・ブラウン系の座席と、細部に名鉄時代の面影が見られます。

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台車はFS-559空気ばね台車を装備。
制御方式はVVVFインバータ制御方式で、東洋電機製GTO素子の物を使用します。相鉄新5000系や東急7600系などと同様の音です。

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1両編成の列車は最初市の中心街を走りますが、しだいに郊外に出て行きます。
札木~東八町間では、現存する路面電車で唯一の国道1号を走る区間も。
専用軌道が区間が無く、全区間併用軌道のためよく信号に引っ掛かるので列車はゴロゴロと市街地をのんびり走行。

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そして豊橋駅から20分で終点・運動公園前電停に到着。
名前の元となった運動公園や豊橋市民球場にほど近いところにあります。横断歩道の前で線路は途切れています。

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停留所は1面1線の単純な構造で、来た列車はそのまま折り返します。
運動公園前駅を含む区間は1982年に新規開業した比較的新しい区間で、全国で路面電車の大量縮小・廃止が行われた1960~70年代以降、久々の路面電車の路線新設となりました。

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折返し停車中のモ785。

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折畳式ステップ作動の様子。
名鉄時代は、揖斐線内は高床ホームだったため岐阜市内線のみでステップを展開していましたが豊橋では高床ホームが無いため全駅でステップを展開します。

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駅前方面に戻りませう。
このモ785は三河ダイハツの広告車となっていますが、紅白の塗装が何となく名鉄時代を思い起こさせます。

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運動公園前から1駅戻って井原電停到着。
新設された運動公園前方面行と、従来からある赤岩口方面行が2手に分岐します。
分岐は単線から分かれるだけと言う至ってシンプルな構造です。手前が豊橋駅、正面が赤岩口方面で、右に分岐していくのが運動公園方面です。

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運動公園前行きホーム。
行先によってホームが全て異なります。

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この井原電停を有名にしているのがこれ。
半系11メートルと言う、日本の鉄道路線では最も急なカーブです。
初日に見てきた名鉄瀬戸線のサンチャインカーブが半径60メートルですが、その約1/6の半径という尋常じゃない急カーブです。しかも従来からあるのではなく、運動公園前延伸時に誕生したと言うのが面白いところ。

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豊橋方面行ホームを望む。
奥が豊橋方・左に分岐していくのが運動公園方面・右が赤岩口方面です。

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車内から見るとこんな感じ。
TOMIXのスーパーミニカーブレールを走っている気分です。
ちなみに単純計算で、スーパーミニカーブレールの半径103mm×150=15450mm→スーパーミニカーブレールを実物換算すると半径約15mとなりますので、此処はスーパーミニカーブレールよりも急なカーブを曲がっている事に。意外とスイスイ走って行きます。

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半径11メートルの急カーブを曲がる電車を外から観察。
やって来たのは都電荒川線からの転籍車モ3500系。豊橋名物ヤマサちくわのラッピング車となっています。うまそうですな。
ご覧の通り平気で曲がれますが、後部台車の一部が車体より外側にはみ出してしまっています。路面電車用車両をもってしてもかなり急なカーブなのですね~・・・
ちなみに台車がはみ出すほどの急カーブのため、低床車のT1000形やモ800形はこのカーブを曲がることは不可能で、赤岩口方面のみの運用となっています。

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さて、井原電停からもう一方の終点、赤岩口へ向かいませう。
やって来たのは元都電荒川線7000形のモ3500系。昨年製造時からの足回りを持つグループは全社引退してしまいましたが、豊橋では未だ現役です。

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車内。
都電時代の内装がほぼ維持されています。

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製造プレートと、ローレル賞記念プレートもそのまま残っています。
モ3500系4両のうち2両は都電時代に冷房化改造を施工されており、平成元年アルナ工機のプレートは冷房改造時の物と思われます。

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都電時代「チンチン電車」と言う名のもとになった電鈴もそのまま残っており、発車時に「チン!チン!」と懐かしい音を車内に響かせます。

足回りもそのままで、重厚なツリカケ駆動の音を響かせます。

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ほどなくして、終着赤岩口に到着。此処も1面1線の単純な構造です。
愛知県最東端の駅です。

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赤岩口到着後も線路はそのまま伸び、橋の手前で途切れます。

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上記の線路からは、豊橋鉄道東田本線の車両基地である赤岩口分区に向かう引き込み線が分岐しています。入出庫する車両は、上写真の線路に入ってスイッチバックする形となります。

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赤岩口で発車を待つモ783。
横浜ゴムの自動車用タイヤ「ADVAN」の広告車となっています。



次回に続く…

名古屋遠征2(15)3-5・夜の運転会inぎふ

こんばんは
遠征記事が途切れ途切れになっていますが最後まで書くつもりなのでご安心を。

前回より続き(毎度出だしが使い回しだが許せorz)

パノラマカーと感動の対面をした後は…
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中京競馬場から列車を乗り継いで名古屋本線を北上。まだ朝のJR線の架線事故の影響を引き摺っているせいか優等列車はかなり混雑していました。

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岐阜で各務原線に乗り継ぎ、新那加駅で下車。因みに各務原線はNSR車でした。
客扱いに難のある2ドア車は、ラッシュ時は亜幹線の普通列車運用に押し込められているのですね。そして新那加駅からはシャトルバス(¥100)でイオンモール各務原へ。岐阜バスは初めて乗りましたね~。何か一昔前のバスと言った感じの塗装です。

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そしてイオンモール内のポポンデッタへ。
写真やポスターが沢山貼られており賑やかな雰囲気を感じます。

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レイアウトは2層構造です。

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そして、我らが相鉄は遂に岐阜県にまで上陸!!!
日本全国のレンタルレイアウトを相鉄で汚染で相鉄を走らせて全国的知名度を上げようと言う至極どーでもいい企画です(しかしこ今後主力となるネイビーを持って行かない辺り本当にやる気があるかは不明)。近くで運転していた方に物珍しそうに見て頂いていた(と思う)のが印象的でした。なごや篇はコチラ

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相鉄の車両の大半は山口県の日立製作所製なので、一生に一度は必ず山口県~神奈川県の各府県を通過しますが、9000系はハマ生まれ神奈川育ちの生粋のハマっ子なので西方面で見られるのは模型ならでは。名古屋方面在住の方でも相鉄を収拾されている方もいらっしゃるのでしょうか。

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約60年ぶり?に岐阜県を走る相鉄5000系(初代)。
アルミ車体への改装も横浜で行ったので、5000系が生涯神奈川県以外を走ったのは甲種輸送の時のみ。当時は東海道線も全線電化完了するかしないかの頃だったのでSLに牽かれてのんびり来たのですかね~…

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同じ5000系と言う名・登場した年代・湘南顔・モノコック車体・そして後年冷房化のため車体更新されたという経歴、相鉄と名鉄の5000系(何れも初代)は非常に似た存在ですね~。
相鉄の5000系は今後発売されるのでこの調子で、名鉄の5000系も鉄コレで製品化される事を切望します。

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以上・岐阜県を走る相鉄ものがたりでしたm(__)m

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そして此処で、地元名鉄電車にバトンタッチ。
まずはHL車3700系の編成を。30年くらい遡ると、岐阜まで乗って来た特急がSR車で、岐阜から新那加までがHL車だったのですかね~…

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反対側前面は3730系の小牧線上飯田行。
今は小牧線には300系と名古屋市営7000系以外は入線しませんが、かつては新鵜沼方面からの乗り入れ列車が結構あったようです。

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続いては現代(いま)を生きる名鉄電車6000系。
激化するラッシュへの切り札として投入され、今も昔も縦横無尽の活躍を見せます。

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同じ赤を持つ相鉄との並び。
相鉄の車両塗装が数年でコロコロ変わる光景は、かつてライトパープルやストロークリーム+赤帯やスカーレットなど何種類もの塗装を試行錯誤していた名鉄を思い起こさせるでしょうか。

以上、一時間でしたが楽しい運転会でした。
キャパシティの関係上この面子しか持ってきていないのでこれしか出てきません。あしからず。

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イオンモール内のフードコートで晩御飯。
「なごや食堂」というお店の、味噌カツ+きしめんと言う定食を賞味(昼にも食ったとか言わないで)。癖になりますねぇ…

さて、再びシャトルバスに揺られて新那加の駅へ。
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JR高山本線那加駅に隣接しており、時折ジーゼル車の音が聞こえます。
新那加駅駅舎は地下にあります。夜の9時過ぎですが駅構内には何かの装置の轟音が響くのみでした。

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駅は島式ホーム1面2線のみのシンプルな構造です。少し狭めのホームが如何にも私鉄と言う雰囲気で好きです。
非常に寒く、何か白いものが舞っていました。そういえば此処はアルプスの膝元でしたね…

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岐阜から特急でのんびり金山まで(一般車だが)のって、名城線に乗車。
約10分間隔はやはり少なく感じる…

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名城線独特の表示。
英語表記は「clockwise」:時計回り→右回り・「counterclockwise」:反時計回り→左回り
となっています。

イメージ 19イメージ 20
夜遅くなると、名古屋港方面からの大曽根行は無くなり、周回列車が約10分間隔で廻るのみとなります。さてお宿に戻って風呂入って寝よう。

以上で3日目記事は終了です。
次回に続く…
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